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季節のコラムCOLUMN

七十二候/雉始雊きじはじめてなく

 

キジの雄が「ケーン」と鳴いた後、羽を羽ばたいて大きな音を出すことを「母衣(ほろ)うち」というそうです。

色鮮やかなオスが、この求愛行動で懸命にアピールをしても、メスはなかなか応じず、素っ気ない様子から、「けんもほろろ」という慣用句が生まれたのだとか。キジをみたことがない人でも、「いやあ、けんもほろろに断られたよ」などと知らず知らずに使っているのですから、言葉とは面白いものです。

キジの雄叫びや激しい羽ばたきはオス同士の縄張り宣言でもありますので、ここにいるぞ、と自分の存在を敵に知らせるためでもあり、狩猟においては、それが仇になって、しばしば居場所を知られ命を落とすことに。

そこから「雉も鳴かずば撃たれまい」ということわざが生まれ、「不要なおしゃべりは災いを招く」という意味合いで使われています。

また「頭隠して尻隠さず」も、危険を感じたキジが草むらに隠れても長い尻尾が出ていることからできたことわざ。鳩のキジバトや猫のキジトラも、茶色に黒の模様がキジのメスの羽に似ていることからつけられた呼び名。わがやの猫もキジトラです。

キジに関する言葉が多いのは、それだけ身近な鳥だったということでしょう。

キジは山奥ではなく、里山の開けた草地や農耕地に暮らす鳥。畑の周囲をひょこひょこと歩いているのにでくわしたりすることもありますが、警戒心が強く、近づこうとするとどんどん離れてゆき、なかなか近寄ることはできません。

うちの田んぼの苗を作ってくれている農家さんは長年、無農薬のお米を育てている方ですが、先代から50年以上、キジの飼育、保護もしています。

国鳥であるキジは国の政策として飼育され、愛鳥週間などに放鳥されていますが、放鳥したキジの多くは他の動物に捕食されてしまうようです。熊のときにも書きましたが、生態系が乱れ、キジの生息に適した環境が崩壊しつつあることが原因なのでしょう。

このキジ舎のあちこちに積み上げられた藁塚は隠れるための茂みの代わりになると同時に、なにか突っつくものが欲しいので、ストレス解消材でもあるのだそうです。

縄張り意識の強いキジを集団で飼うのはなかなか大変なようで、間近でみるとキジは眼光するどく、いかにも闘争心が強そうです。一方、メスは「焼野の雉」ともいわれ、火のついた野原でも逃げず、焼け死んでも雛を守ろうとするとされ、母性愛の強さで知られています。

ところで、キジの鳴き声は「ケーン、ケーン」ということになっていますが、実際にはそんなに澄み切った声ではなく、金属をこすったかのような割れた音で、美しいというよりも、凄まじい感じです。

七十二候の「雉始雊(きじはじめてなく)」は、小寒の1月15日ごろ。寒さの中で聞こえてくるキジの声は、一段と高く、鋭く響くことでしょう。蒸気機関車の汽笛が突然、ヒョーッと響き渡るような意表と、哀愁と、力強さにハッと心をつかまれる瞬間。そのあとの凍てついた静寂も感じられる一候です。

キジは飛行機の音や外敵(時には人間)に対しても鳴くので、繁殖期以外でも鳴くことがあります。また地面を歩いてばかりで滅多に飛ぶことがないキジは、すばやく危険を察知する必要があったためか、足の裏に大地の振動を感知する特殊な感覚器が発達しており、地震が起きる前に、騒ぐように鳴くことが知られています。

前述のキジ舎では、立春をすぎた2月中には鳴き始めるそうです。少しでもあたたかさを感じれば、春。地域の気候にもよりますので、大寒前の1月にキジが鳴いたとしても求愛かどうかはわかりませんが、その一声にそっと耳を澄ます人の中に、春を待つ心があったことは十分に考えられるとおもいます。

文責・高月美樹

出典:暦生活

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