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季節のコラムCOLUMN

二十四節気と七十二候

七十二候/蟄虫啓戸すごもりむしとをひらく

啓蟄を迎えると、黄色のミモザの花が咲き出します。少し前まで地鳴きだったシジュウカラの鳴き声が、「ツツピー、ツツピー、ツツピー」という高らかに歌うさえずりに変わりました。ウグイスのぐぜりも始まり、鳥たちはいよいよ恋の季節です。そして大地のいきものたちは、、、

蟻穴を出づ(ありあなをいづ)

蟻穴を出でておどろきやすきかな 誓子

アリはもう元気に動き回っています。秋に戸を閉じ、春に戸を開ける。「蟄虫啓戸」そのままの生きものといえば、やはりアリですね。「蟻穴を出づ」は春の季語。私は毎年、最初のアリを見つけると、やあ、と思わず笑みがこぼれ、その生き生きとした動きにしばし見入ります。

啓蟄の蟻がはや引く地虫かな 虚子

何かにぶつかっては驚いたように立ち止まる様子や、早くも大きな獲物を見つけて懸命に引っ張っている姿、つやつやとした顔を拭いたりするいきいきとした姿に、春がみえます。

春の蟻つやつやと貌拭くさます 楸邨

アリに学ぶ共生関係

アリは「陸のプランクトン」といわれるほど数が多く、世界でもっとも繁栄に成功した虫です。その理由は、さまざまな生き物や植物と巧みな共生関係を結んできたことにあります。奪うだけのテイカーではなく、お互いに恩恵を受けられる関係を築いてきました。一億年以上、生きている虫たちは生物として私たちよりもはるかに先輩です。

たとえば、外敵から捕食されやすいアブラムシはアリのために甘露を出すことでアリにパトロールしてもらい、身を守ってもらっていますし、植物たちも葉や茎に蜜腺を持つことでアリを呼び寄せ、葉を食べる虫から守ってもらう戦略をとっています。

ほかにはクロシジミのように、幼齢のときにアリの好きな匂いを発することでアリの巣に運ばれていき、かいがいしく給餌や掃除もしてもらい、羽化すると穴から出ていく蝶もいます。またカラスやムクドリなどの鳥はアリに体をすりつけて、蟻浴(ぎよく)をすることも知られています。アリの蟻酸(ぎさん)に含まれる化学物質が防ダニ剤として機能するからだそうです。

アリは今から1億年前、肉食の狩バチから進化して、羽を落とし、地下で暮らすことを決めた種族です。高度なコロニーの形成やこまかい役割分担など、その生態はミツバチに近く、昆虫界の中でもっとも高度に進化した虫です。

アリの様子を眺めていると、念入りに手を擦り合わせたり、触覚を合わせてあいさつしたり、手に負えないと応援を呼んだり、なんだか人間の社会とよく似ています。

ただ、人間はアリのように他との共生関係を築けているだろうか、と思います。私たち人間もほかの植物や生き物たちの求めるものを知り、与え合う存在になりたいものです。

アリ散布植物

前回紹介した都会の草花の多くも、アリと共生関係にあります。カラスノエンドウのように蜜腺を持ってアリに身を守ってもらうもののほか、ホトケノザやヒメオドリコソウは、アリに種を運んでもらっています。ほかにはムラサキケマンカタクリ、タチツボスミレ、カタバミ、キュウリグサなども、アリ散布植物です。

左からホトケノザ、ヒメオドリコソウ、ムラサキケマン 写真提供:高月美樹
左からカタクリ、タチツボスミレ、カタバミ 写真提供:高月美樹

梅とミツバチ

一方、ミツバチはアリと同じく狩バチから進化し、肉食をやめて花の蜜と花粉で生きていくことにしたベジタリアンな種族です。ミツバチをはじめとする花蜂たちは地球に顕花植物が出現すると共に進化し、世界中の花の受粉を担う重要なポリネーターとなりました。今では花蜂なくして地球は存続できないといわれています。

ミツバチは今、ちょうど満開を迎えた梅の花が大好きです。わが家の梅にもひっきりなしにミツバチがやってきて、小さな羽音が響いています。ミツバチを見つけたい人はぜひ梅に近づいて、耳を澄ませてみてください。

春限定の虫

昨年のちょうど今頃に出会ったのがこの虫です。虎のような模様があることからトラフコメツキ(虎斑米搗)という名前がついています。コメツキという名はお米を食べる害虫ということではなく、危険が迫ると死んだふりをして仰向けになり、その状態から跳ね起きて元の状態に戻る様子がお米を搗いたときの様子に似ているからだそうです。

写真提供:高月美樹

トラフコメツキが見られるのは、まだ他の甲虫が活動していない3〜5月頃。夏には消えてしまう「春限定の虫」です。

もう一種、春限定の虫といえば、モコモコした姿がかわいいビロウドツリアブです。ツリアブはホバリングが得意。長い口を突き出し、ホバリングしながら蜜を吸う、ずんぐりした姿がなんとも愛らしい虫です。花の蜜を吸うだけで、人を刺したりはしません。ふかふかした分厚い毛皮はまだ寒いうちに活動をするためで、トラフコメツキと同様、見られるのは3〜5月頃まで。夏になる前に姿を消してしまいます。

ビロウドツリアブは今ちょうど咲いているオオイヌノフグリが好きなので、オオイヌノフグリの群生地をよく見ていただくと出会えるかもしれません。桜が咲くと、桜の蜜も吸いにきます。

トラフコメツキとビロウドツリアブ、どちらも特別珍しい虫ではなく、都会の公園でもふつうに見られる虫です。偶然の出会いを楽しみに、身近な花の観察をしてみてください。

写真提供:高月美樹

優曇華(うどんげ)の花

昨日、わが家のサンルームの植木鉢に、優曇華(うどんげ)の花が咲いているのに気づきました。うすい緑の美しい羽をもつクサカロウ(草陽炎)の卵です。クサカゲロウは成虫のまま越冬して卵を産みますので、これはつい最近、産みつけたものだと思われます。

ふだん窓を閉めているサンルームに、一体、いつ入りこんだのでしょう。優曇華の花はインドで三千年に一度咲く想像上の花をさす仏教の言葉ですが、日本人はこの精巧で美しい卵を見て、これが優曇華だと思ったようです。クサカゲロウの卵は「優曇華」と呼ばれるようになりました。たしかに神秘的で、この世のものではない美しいものに出会った気持ちになります。

写真提供:高月美樹

うちのサンルームは毎年、春になるとビオラにアブラムシが発生して困るのですが、クサカゲロウの幼虫はアブラムシが大好き。「生きた農薬」と言われるほどで、家庭菜園の益虫です。無事に孵化して、サンルームのビオラにつくアブラムシをせっせと食べてくれることを期待しています。みなさんもアブラムシ対策をするなら、ぜひクサカゲロウも大事にしてあげてください。

エナガの巣作り

エナガは都会にもいる身近な鳥で、私もほぼ毎日、目にしています。ジュルルル、ジュルルルと小さな声で鳴いています。エナガはオオタカなどの猛禽類や、クモのいる豊かな環境を必要とする最小クラスの鳥。体重はわずか7〜8グラム。ボウルのような丸い身体にストローをさしたような体型で、柄杓の柄がついているように見えることからエナガ(柄長)の名があります。

今は巣作りの季節。小さくて弱いエナガは天敵を避けるため、他の小鳥たちより早く、まだ寒い2月末には巣作りを始め、3月には抱卵しています。

Photo:Miharu Tanaka

エナガは全体が球状で出入り口が小さい見事な巣を作るのですが、その材料として必要なのが木についた苔と、クモの糸や、虫たちが冬籠りにつかった繭の糸です。自然界の糸で苔をつなぎ合わせた巣が完成すると、最後に猛禽類に襲われて散った中型の鳥たちのやわらかいうぶ毛を集め始めます。エナガは巣の中に羽毛をたくさん敷きつめ、ふかふかの羽毛布団の中で雛を育てます。

写真提供:高月美樹

エナガとオオタカは共生関係にあります。オオタカは小さなエナガを襲いませんし、カラスからも守ってもらえるので、羽毛が集めやすいオオタカの巣の近くで子育てをしています。このエナガもアブラムシを好んで食べてくれる鳥なので、人間にとっては益鳥です。

啓蟄というと虫にばかり目がいってしまうかもしれませんが、元々、虫という字はヘビ、トカゲ、カエルなどの爬虫類や両生類をさす言葉です。「蛇」、「蜥蜴」、「蛙」などの漢字に、虫編がつくのはそのため。小さな昆虫類は「蟲」の字を使って区別していましたが、今では小さな蟲の方が虫になっています。

写真提供:高月美樹

草花のそばにもエナガの巣によさそうな羽毛がたくさん落ちています。鳥の暮らしからもクモや虫、さらに大きな生きものとの関わりも見えてきますし、ミクロな世界の観察は全体性を考える絶好の機会につながっています。

啓蟄の期間は小さな虫だけでなく、いきもの全体や、そのつながりに目を向けてみてください。

出典:暦生活

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