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季節のコラムCOLUMN

二十四節気と七十二候

七十二候/麦秋至むぎのときいたる

この季節になると水をたっぷり湛えた田んぼの中に所々、黄金色に光る畑が点在し、遠くからでも麦畑の場所がよくわかります。小麦が収穫期を迎える初夏を麦秋といい、麦秋は和暦の卯月(現在の5月頃)の別名にもなっています。

先日、棚田の風景を撮りにいらしたご年配の紳士方は子供の頃はよく田植えを手伝ったそうで、麦を刈り終えたあと、水を引いて田んぼにする二毛作だった頃の話をしてくださいました。麦刈りのあとは田植えで、農家にとっては忙しい時期でした。

麦秋といえば、小津安二郎の映画『麦秋』をいつも思い出します。ラストシーンはさわさわと揺れる麦畑のロングカットです。一人娘を嫁にいかせ、田舎に引っ越した老夫婦が静かに見つめる一面の麦畑。娘の紀子(原節子)は家族や親戚がすすめる縁談を断り、戦争で亡くなった兄の同級生と生きていくことを決めます。みんなが期待するような結婚ではないけれど、幸せになる自信がある。

自分に正直に生きようとする女性と送り出した両親の思い。秋にたわわに実る稲穂ではなく、夏の風にさわさわ揺れる麦の穂に人生の実りと寂しさが入り混じる印象的なラストシーンです。

ところで、麦の収穫に降る雨は収穫に影響するため、麦の穂が実る頃に降る迷惑な雨を「麦食らい」といいます。麦雨(ばくう)も美しい表現ではありますが、農家にとっては疎まれる雨でした。緑色だった麦がこの季節になると一気に色づき、さわさわと風に揺れるので麦嵐(むぎあらし)、麦の波、麦刈り、麦の穂、麦の秋、麦打ちも季語になります。

麦は世界でもっとも収穫量の多い穀物です。日本の場合、小麦はうどんなどの麺類に。大麦は日常食であった麦飯、味噌、麦茶に。収穫後の麦わらは緩衝材、畑の敷きわら、飼料、寝具、麦わら帽子などの日用品として活用されてきました。

                                           写真提供:高月美樹

この写真は、さとやま農学校のすどう農園で撮らせていただいた六条大麦です。ちょうど実りのときを迎えていました。この六条大麦は麦茶にするそうです。

懐かしい麦の香り

私の子供の頃は、大きなやかんで麦をぐつぐつと煮ると必ず吹きこぼれ、香ばしい匂いがよく台所に漂っていました。収穫したばかりの新鮮な麦だからこその夏の香り。近年は便利な水出し麦茶が出回っていますが、出来たての熱いお茶、待ちきれずに飲んでしまうぬるいお茶、冷蔵庫でキンキンに冷やしたお茶、それぞれに懐かしい思い出です。

また田植えのおやつとして食べられていたのが麦手餅。田植えの終わりのお祝いに食べるので、さなぶり餅ともいいます。

麦飯に入れるのはうるちの六条大麦をローラーで平らに潰した押し麦や、外皮を残して加工したもち麦です。日本の作物の中でもっとも食物繊維が多いのはこのもち麦がダントツのトップで、2位は押し麦です。

もち麦や押し麦には水溶性食物繊維(βグルカン)がたっぷり含まれ、近年話題の腸活にぴったりの食品です。腸内環境をととのえ、善玉菌を増やし、血糖値を下げる、内臓脂肪を減らす、免疫力のアップ、便秘やアレルギーの改善など、さまざまな効果があります。

豊富なミネラルやビタミン

江戸時代、将軍や上級武士がよくかかる病気がありました。参勤交代の武士に身体の不調を訴える人が続出し、故郷へ戻ると自然に治ることから「江戸患い」と呼ばれるようになりました。「江戸患い」は、やがて庶民の間にも広がりました。人々が日常的に白米を食べるようになったからです。

田舎では麦飯や雑穀米を食べるのが当たり前で、真っ白でふわふわした白米は夢のような食べものでしたが、麦飯や蕎麦を食べると病気が治ることも次第に知られるようになり、江戸市中にうどんよりも蕎麦が定着したのはそのためともいわれています。

そのため武家では脚気が出やすい夏になると使用人たちに麦飯をふるまう風習があったそうです。科学的な根拠はわからなくても、その効果を実感していたのでしょう。昔の人がおかずの少ない一汁一菜で健康を保てたのは、精製しない玄米や麦などの雑穀に含まれる豊富なミネラルやビタミンのおかげだったのです。

また燕麦(えんばく)はオーツ麦のことで、オーツ麦を脱穀、加工したものがオートミールやグラノーラです。もち麦と同じく水溶性食物繊維(βグルカン)が豊富な栄養食品。時代を経た今、再び、大麦や雑穀の素晴らしさが見直され、健康食として注目されるようになりました。今年の夏はぜひもち麦や押し麦ごはんをお試しください。

出展:暦生活

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