今年も桜が咲き始めました。
桜は梅と同じくあまりにも種類が多いため、ひとくちに桜と呼んでいます。人工的な交配種だけでなく、自然交配、突然変異の野生種などさまざまで、100以上の自生種、200以上の改良種があるといわれています。
春いちばん、まだ寒い時期からお花屋さんに並ぶのは、啓翁桜(けいおうざくら)。「啓翁」は開発者の吉永啓太郎さんの名に因んだ名前。小さな可愛い花をつける細い枝がよく伸びるので、観賞用の切り花として知られています。みなさまも、一度はお花屋さんで購入されたことがあるのではないでしょうか。
早咲きでよく知られているのは河津桜(かわづさくら)。濃いめのピンクは遠くからもよく目立ち、近づいてみるとメジロが蜜を吸っている姿をよくみかけます。メジロにとっては梅に続いて咲き出す河津桜のおかけで、ご馳走続きの日々。メジロは花の蜜専用ともいうべき細いくちばしと長い舌を持っています。
同じく早咲きの寒緋桜(かんひざくら)は一段と濃いショッキングピンク。釣鐘状で、サクランボのように下向きに咲き、花ごとポトリと落ちます。
陽光桜(ようこうざくら)は寒緋桜を親にした交配種で、花も大輪で甘いピンク、「天地に恵みを与える日の光」という意味で名づけられたそうで、平和な春の陽を思わせる明るい印象の桜です。
開発者の高岡正明氏は第二次世界大戦中、教員をされており、次々と動員されていく10代の教え子たちに「桜の木の下で再び会おう」と励まして送り出したにもかかわらず、多くの教え子たちが戦死して戻らなかったことから、遠い地で亡くなった教え子の魂を弔うために、30年もの試行錯誤を繰り返して生み出した品種です。
世界中のどこにでも根付くように病害虫に強く、暑く乾燥した地域でも、寒い地域でも丈夫に育つように改良を重ねた陽光桜は、戦地となった国々に平和のシンボルとして送られ、咲いているのだそうです。そうした事情を知らなくても「平和」や「のどかさ」を感じさせる桜ですが、物語を知ってみると情熱と愛がたくさんつまった桜なのだと胸が熱くなります。大ぶりで華やかなのも人々に忘れられずに見てもらえるように工夫されたのだとか。
次に咲くのが、圧倒的な人気を誇る染井吉野(そめいよしの)。江戸の植木職人が作り出した交配種で、挿し木でしか育たないクローン種であることは多くの方がご存知ですね。一斉に咲き出すので「桜前線」の指標にされていますが、染井吉野が咲く直前は必ず冷え込みがくるので、開花予報がはずれることもしばしば。ぐっと寒くなる数日を経て、開花の勢いが一旦止まったあと、一気に気温のあがる日にあれよあれよというまに満開になります。関東では七十二侯の「桜始開」はほぼそのまま当てはまります。
「花の雲」という季語がありますが、遠くから眺めても、近くで眺めても染井吉野はまさに花の雲。ピンクのつぼみがひらくとほとんど白になっていく、その「淡い」は神秘的です。染井吉野の魅力は花もさることながら、その樹形にあるのではないかと私は思っています。
染井吉野は成長が早く、太く立派な大木になる上に、枝が大きく横に広がる特性を持っています。花が咲くとまさに屋根のようになりますし、川沿いでは川の反射光を求めて、垂れるように長く枝を延ばしています。散れば美しい花筏(はないかだ)に、風が吹けば花吹雪(はなふぶき)に、夜は花明かりに、と最初から最後まで存分に楽しませてくれる染井吉野。
大島桜(おおしまざくら)は日本に自生する原種で、多くの桜の品種の親。
大山桜(おおやまざくら)も日本を代表する野生種。花は大ぶりでピンク色。赤褐色の若葉がついています。
4月に入ってもまだまだ桜シーズンは続きます。昔、春の京都に行き、ベテランタクシーのおすすめのままに「桜の名所」を巡ったことがあります。仁和寺の「御室桜」は遅咲きの八重桜。樹高が低く目線と同じか目線より下に咲いているので、まるで花の中を泳いでいるような錯覚に陥り、谷崎潤一郎の『細雪』の四姉妹の気持ちはこんなふうであったかと思ったり、雨宝院の御衣黄(ぎょいこう)や白峯神宮の鬱金(うこん)など、初めてみる黄色や緑色の桜に驚嘆したりしました。
こちらは4月中旬ごろに咲く高遠の固有種、高遠小彼岸桜(たかとおこひがんざくら)。城址跡に1500本、ピンクの小ぶりの花がびっしりと咲いて、空を染め上げる様は見事でした。
みなさまのお住いの地域にはどんな種類の桜が咲いていますでしょうか。
文責・高月美樹
出典・暦生活